2017年12月23日土曜日

ジャッジ入門 ~ジャッジとしての心構え~

【サマリ】
ジャッジには、審判およびコーチとしての役割があります。もちろんこれは理想的で、最初からできるわけではありません。ですが、やりがいも大きいですし、全力でディベーターに向き合うことで、ちょっとずつでもよいのでチャレンジしていただければと思います。

【はじめに】
練習会や大会においてジャッジをすることがあるかと思います。
特に初めてのときのジャッジは緊張しますよね。ak_debateも初めてのジャッジのときはよく覚えており、先輩2人としたのですが、逆サイドに入れ、かつ理由もしっかりしていなかったのでボロボロだったのを覚えています。

スキル面では色々このブログでも取り上げていますが、(主要記事のジャッジに関する記事です。)まずそもそものマインドに関して語られることが少ないのではないかと思っているので、最初の心構えとしてどうあるべきか、という問いにチャレンジしたいと思います。

【ジャッジとしての2つの役割:"審判"と"コーチ"の理想像】
僕は、ジャッジはそもそも、①その試合における審判としての役割、②その試合を通じてスキルの上達やマインド面でのモチベーション向上に繋げるコーチ(/教育者)としての役割の2つがあると思っています。

①は、ディベーターが15-30分真剣に考えた上で、7-8分のスピーチを全力で行っているわけです。試合の最後の瞬間までPOIまで含めると考え、戦ったというのは全員に公平にあります。特定の大会であれば、初めての大会であったり、思い入れのあるパートナーとの大事な試合だったり、切磋琢磨したライバルとの試合だったり、最後になるかもという覚悟の元の試合だったりするわけです。また、その背後には何時間もの練習や試行錯誤の時間があるわけです。したがって、ジャッジとしても、真剣に、全力で向き合って、メモをとり、頭を悩ませ、場合によってはディスカッションを通じて審判を下すことがリスペクトを示すことだと思っていますし、固くいうと責任なのだと思っています。
まさに責任という言葉は僕の場合はしっくりきていて、責任は英語ではresponsibility、要はresponse(応答)するabilityなので、ディベーターに対する応答、というところが腹落ちしています。
ディベーターに期待されているのは、全力で向き合う基本姿勢というプロセス、そして公平な第三者としての審査という結果というところになるでしょう。

②は、直接的にラウンドを一番見ているわけですし、ディベーターが一番分かりやすい形でフィードバックを受けるのは現時点ではジャッジです。そうなった際に、「どういうところがよかったのか」「どういうところが改善点だったのか」という「現状」や、「このようにすればさらに良くなるのではないか」というアドバイス・フィードバックを提供することがあるとディベーターからすると嬉しいことだと思います。特に「勝ち負け」がはっきりとする競技である以上「どう勝つのか?」という客観的なゴール、「英語がうまくなりたい」「論理的思考方法を身に着けたい」「より視野を広げたい」のような主観的なゴールの両輪に対してフィードバックできるとなおよいと思っています。


【初心者ジャッジに向けたアドバイス】
上を見て思ってしまうかもしれないことは「うわ、自分にできるのかな・・・」という不安だと思います。安心してください。

いくつかの観点があります。まず、最初に書かせていただいた通り、私も最初は全然だめでした。皆最初は初心者です。どうしても人はバイアスがあるし(この人はうまい、とか、このアイデアが好き、とか、この人をずっと応援していたから頑張り賞的に評価をあげてしまう、とか)、場合によっては見落としてしまうこともあるわけです。英語の場合は語学の壁もあると思います。一方、ジャッジも筋トレのようなもので、必ず正しい努力をすればうまくなります。私自身、最初はジャッジもボロボロだった人がうまくなっていき、表彰されるようになった様子を何度も見てきています。また、ディベーターとしては結果がでなかったものの、ジャッジとして花を咲かせた人も何人もいます。なので、安心してください。時間はかかるのは当たり前です。

2つめは、それと関係しますが、最初から完璧を目指さず、少しずつ「理想」に近づけ場大丈夫です。例えば上の「審判」と「コーチ」と書きましたが、「コーチ」としての役割は明確には大会では求められていません。多くの大会ではそれは評価基準にも入っていません。(将来は変わるかもしれませんが)。フィードバックを行う技術はまた別のスキルセットであり、当然嬉しいですが徐々に身に着けるステップ論だと思っています。また、審判としても、例えばインプットとしてディベーターが言っていることをまず正確に理解できるようになる、時間はとてもかかるが公平でリーズナブルな説明ができるようになる、それが短い時間でもできるようになる、それがレベルの高いラウンドでもできるようになる、のようなステップ論です。1ステップ1ステップクリアしていけばいいのです

3つ目に、全力で頑張っていただいたのであれば、文句は言われづらいです。その時に全力で真摯にノートをとり、頭を悩ませ、根拠をもって説明してくれることが、多くのディベーターが望んでいることです。一方で、のけ反り返りながら、ちゃんとメモもとらず、上から目線でものを言ってくる人であればディベーターもイラっとします。そうでなければ、ジャッジとしては納得できなかったとしても「仕方ないな」と思ってくれたり、建設的なディスカッションができたりするわけです。仮に、全力で頑張ったのにリスペクトを払わない形で攻撃的に「噛みついて」来た人がいたら、それはak的には明確にいけていないディベーターだと思っています。(僕も過去によくジャッジに詰め寄り納得できない、と1年生の時は特に言ってしまいましたが、明確にいけていないと思っています。いくら勝ち負けがかかっていたからとはいえ、本当によくなかったなと。)ディベート界で考えても、世界大会の審査員団を務めるような海外のトップスピーカーも「ジャッジとディベーターが戦うようなことはもうやめよう、僕も過去にやってしまったけど、終わりにしよう」と何度も言っていました。実社会に出てからも思いましたが、明確にリスペクトを払われ、信頼されるのは「全力で頑張ること」です。最大出力が出せるにもかかわらず手を抜いたならともかく、最大出力がその時無かったのは明確に仕方がないことです。仮に今このカルチャーが主流じゃないとしたら、それはあるべきカルチャーやノームではないと私は断言します。仮にそういうディベーターの「被害」にあってしまった場合は「いけていないんだな」と気にしないでください。
(もちろん、ディベーター、ジャッジ間のリスペクトがある上でのconstructiveなディスカッションはすればいいと思います。)

【ジャッジのやりがい】
ジャッジがうまくなると、どうなるのでしょうか?どういうシーンでうれしさ・やりがいを覚えるのでしょうか?akの具体的なエピソードをいくつか紹介します。

・とてもハイレベルなラウンド、かつ負けたら敗退というプレッシャーのかかるタイミングで、1人で審査をしていたときのこと。どちらに入れるのもあり得るなと思ったものの、必死にクロースながらも特定のサイドが勝ったと説明しきった際、ディベーターが深く頷いてくれた

・必死に「こうやればうまくなるのじゃないかな」「ここが強みなのじゃないかな」と想像して、考えて、説明したときのこと。しばらくたってから「あの言葉に救われました」「あのおかげでうまくなりました」と言ってもらえた

・「ずっとうまくならなくて悩んでいるんですけど・・・」とラウンドが終わった後のフィードバックできてくれた。一個一個丁寧にこういう話ができるかも、だとか「こういう風なことに気を付けたらいいかもね」といったところ、ぱっと顔が明るくなって「感動しました、ありがとうございます!」と言ってくれた

上記のように、審査員は大変ではありますが、大きくその人の納得感の情勢や、その後のスキルやマインド向上に結び付くわけです。とてもやりがいのある役割だし、とても大事な役割だと思っています。

また、ジャッジも成長実感を感じることができます。最初は噛みつかれた(笑)としてもディベーターが納得してくれる。難しいラウンドであっても徐々に自信をもって説明できるようになる。アドバイスも最初は抽象的なことしか言えなかったけれども、徐々に盗んでいったりストックすることで具体的な話まで踏み込めるようになる。その結果として客観的な数字もついてきてブレイクや表彰されることもある。。。。より多くの情報を処理する能力、ディベーターの観察能力等、ディベーターとは別のスキルが伸びると思います。これは単純に楽しいですし、また、実社会でもリーズナブルに説得するというスキルにも結び付きます。(特に勝ち負けで争っている人たちに対して説得するって並大抵のことじゃないと思います。別の価値観を持っているかもしれない、という相手を説得するのは社会人になってから重要になりますよね)

【終わりに】
いかがでしたでしょうか。ぜひ、ジャッジにチャレンジしてみてくださいね :)

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