「オーソリ」という概念は僕は嫌いなのですが、「世間一般的に自分より今のところ成績を出している」とされる人とラウンドすることや、またジャッジとしてラウンドを見る事とはあると思います。
その時、どのようなマインドセットが重要なのでしょうか。
基本的にどちらにおいても、「実はたいしたことないんじゃないか」と思うことだと思います。
もちろんラウンド前・中の話です。私生活で人を見下すとかそういうのではないです、もちろん。
以下、ディベーター編とジャッジ編で分けて話します。
【ディベーター編】
「気持ちの持ち方」と「実際のパフォーマンス」はかなり相関関係があるというのは様々な研究によって明らかになっています。本当ならもっと出来たはずなのに諦めてしまって本来のパフォーマンスが出せないなんて、すごくもったいないと思います。
正直言って、ディベートなんて各モーション、ポジションによって大きく影響が出ますし、パートナーとの相性等も関係してきます。必ずしも相手が過去にブレイクしたり優勝したりしているからって、今回も勝つっていうわけではないのです。
なので、自信を持ってラウンドに入ってください。
一度どこかの投稿で書いたと思いますが、「白人が言ったからといってその瞬間、そのスピーチが日本人が言った内容よりも優れることなんてない」(意訳)ということをTateも言っていました。多くのレクチャラーが日本人にアドバイスする時に「自信を持つこと」と口をすっぱくして言っているのは、どこかで諦めている姿、もしくは自信がなさそうに映っているのかもしれません。
そういう意味で、ドヤ顔をし続けることというのは、すごく大事なんだと思います。
【ジャッジ編】
ジャッジしている時は、ディベートをしている時以上にさらに自信を持っていいと思います。
なにしろ、あなたには大きなアドバンテージがあるからです。ラウンドを客観的に見てよいという。笑
ディベーターはかなりあせっている筈です。プレパ時間も短いですし。それに、毎回良いスピーチをできるとは限りませんし。なので、ミスもでますしディベートのボトルネックにも気づきやすくなります。
それに、必ずしもディベーターの実績とジャッジの実績は比例関係にあるとは限りません。(あるときもありますが。)したがって、堂々とジャッジしてください。
「この話ってモーションの肯定・否定してるっけ?」「疑問に答えてる?」「相手にエンゲージしてる?」というような問いを立てていけば自然にラウンドが見えていくはずです。訓練はもちろん必要ですが。
以上です。もちろん、ディベーター、ジャッジ共に練習をすることは前提にあります。
いざ、ラウンドで「オーソリ(?)」とあたるときや、見るときにこういうことを念頭においておくといいんじゃないかなあという位置づけです。
2014年2月24日月曜日
2014年2月11日火曜日
MDO 2011 Semi Finalとバーデンコントロール
あの有名なMDO 2011 Semi Finalのディベートですね。 TateのPMスピーチも安定していてうまいのは流石ですが、それ以上に輝いているのはLoganのGWのスピーチでしょう。
合理的なバーデンコントロール(burden control)をしている点で特徴的です。
バーデンコントロールとは、「自分のサイドが証明しないといけないことを明確にしたり、必要に応じて下げたりすることによってモーションの肯定や否定につなげる」行程のことです。
例えばTateとかは、"reasonable improvement"をバーデンとしていることがよくあります。独裁国家の民主化とかは一朝一夕にはいかないけれども、これくらいはなるよね。みたいな言い方でうまく説明しようとしています。
今回のLoganの場合、ジョークを使いながら巧みにバーデンをコントロールしているのは流石ですね。
ディベートのバーデン解釈が複数あったところで、「scarce resourceにおけるtrade-offで、prioritizationのディベートである」ということは確かにPMからも言っているのですが、それをかなり明示的に強調している貢献は大きいですね。
留意すべきなのは、「gov/oppのバーデンはこれだ!」というよく分からない、非合理的なバーデンを投げるという印象操作の失敗例とは異なっているということです。バーデンは別にとりあえずディベーターが言ったら発生するわけではなく、あくまでAverage Reasonable Person (or Average Intelligent Voter)として合理的に納得できるものでないといけないので。それは、一般人がモーションをみたときに感覚的に感じるもの、もしくはディベーターの説明から合理的と解釈できるものではないといけないのは、「モーションの肯定・否定」の考え方の根底にもありますね。
今回のLoganは、コンテキストを説明することによって合理的にモーションからこのバーデンが導き出せることを丁寧に話していること、そしてoppが他のフレームワーク(need-base等)ができたはずなのにしなかった、と言っているところが、ディベートのバーデンの解釈をgovにぐっと引き寄せたのではないでしょうか。
合理的なバーデンコントロール(burden control)をしている点で特徴的です。
バーデンコントロールとは、「自分のサイドが証明しないといけないことを明確にしたり、必要に応じて下げたりすることによってモーションの肯定や否定につなげる」行程のことです。
例えばTateとかは、"reasonable improvement"をバーデンとしていることがよくあります。独裁国家の民主化とかは一朝一夕にはいかないけれども、これくらいはなるよね。みたいな言い方でうまく説明しようとしています。
今回のLoganの場合、ジョークを使いながら巧みにバーデンをコントロールしているのは流石ですね。
ディベートのバーデン解釈が複数あったところで、「scarce resourceにおけるtrade-offで、prioritizationのディベートである」ということは確かにPMからも言っているのですが、それをかなり明示的に強調している貢献は大きいですね。
留意すべきなのは、「gov/oppのバーデンはこれだ!」というよく分からない、非合理的なバーデンを投げるという印象操作の失敗例とは異なっているということです。バーデンは別にとりあえずディベーターが言ったら発生するわけではなく、あくまでAverage Reasonable Person (or Average Intelligent Voter)として合理的に納得できるものでないといけないので。それは、一般人がモーションをみたときに感覚的に感じるもの、もしくはディベーターの説明から合理的と解釈できるものではないといけないのは、「モーションの肯定・否定」の考え方の根底にもありますね。
今回のLoganは、コンテキストを説明することによって合理的にモーションからこのバーデンが導き出せることを丁寧に話していること、そしてoppが他のフレームワーク(need-base等)ができたはずなのにしなかった、と言っているところが、ディベートのバーデンの解釈をgovにぐっと引き寄せたのではないでしょうか。
2014年2月3日月曜日
ロジックってどれくらい大事なの?
「ロジックってどんくらい大事なんですか?」
という問いは、誰しもがなんらかのタイミングで聞いたり、思ったりしたと思います。
僕自身は非常にロジックを重視するタイプのディベーターであるため、多少なりバイアスはあると思いますが、何度考えても重要な気がします。
もちろん、いくつかの条件はあります。
例えば、「信じられないロジック」は僕も否定しています。
とりあえず無理やりcounter-intuitiveなロジックを出されたり、「それって起きるの?」って思うようなメカニズム。これらは、常識的にとれないものはとれないでしょう。
あと、「伝えたいことを効果的に伝えられなくなるほどのロジック重視」も僕は否定しています。
最近「パブリックスピーキングの要素をディベートへ」という声が前より強くなっているような気がしますが、それは同意しています。第三者に説得的に伝えるには、詰め込みすぎても伝わりませんし。
7分という制約の中で、学問書ほど書くのはできないでしょう。
また、「ロジックだけを重視すること」も僕は違うと思っています。
つまり、人を説得する上では感情的な側面とかも出てくるので。陳腐な二項対立ではありますが、ロジックとイラストのバランス、と言ってもいいかもしれません。
感情を持っている人を説得する上では、感情にも訴えかける必要があるでしょう。
しかし、ロジックはディベートの根幹にあることは間違いないでしょう。
僕がこう主張するのは、主に2つの理由があります。
第一に、ディベートの趣旨を達成する上でロジックが不可欠だからです。
そもそも、「モーションの肯定・否定とは何か?」と考えてみた時におそらく結局のところ、一般人がモーションを見たときにどう思って、その疑問を一つ一つ解消していくに尽きると思います。
よく使う例で恐縮なのですが、THBT Japan should possess nuclear weaponsというモーションであれば、「何で日本が?」「なんで自衛隊でも、軍隊でもなく核武装なの?」という疑問は当然に出てくるでしょう。それらの立証責任が出てくるのは当然であり、立証するには何かしらのロジックが必要になってくるわけです。
ここで、有名な演繹法なり、帰納法なりが登場するわけですね。三段論法とかも演繹法の一つですね。一応Wikipediaから「演繹」「帰納」を引っ張ってきます。
演繹(えんえき、英: deduction)は、一般的・普遍的な前提から、より個別的・特殊的な結論を得る推論方法である
帰納(きのう、英: Induction、希: επαγωγή(エパゴーゲー))とは、個別的・特殊的な事例から一般的・普遍的な規則・法則を見出そうとする推論方法のこと。
ディベートのような構造が出ているところから考えても、例えば法廷でも感情に訴えることも必要なところもあるとは思いますが、それ以上に条文や、判例との関係性が重視されています。
ディベートが人の営みについて議論しており、かつそれを参考としている学問でも「学説」などという形で「論理」が非常に重視されています。
したがって、ロジックが相当大事であることには間違いないでしょうし、また「論理的な説得方法」よりも「感情的な説得方法」を優先する合理的な理由もないように思えます。
第二に、日本人に不足しているところだという問題意識があるからです。
また、この前UADCを優勝したバレリーに「日本人は何が足りないと思う?」って質問したところ、「日本人はマターが少なく、分析が浅い」傾向があると言われました。確かに、UADCに言った時に「分析がまだまだ浅く、もっと深めないといけない」と言われたのは覚えています。ABPに言った時も、「Case Studyや、Comparison, Context (3C)でもっと分析を深めろ」と何度も言われました。
テートと一緒にジャッジをした時も、またはされた時もかなり細かくロジックを追っていることが特徴的でした。テートやローガンが"I have 3 levels of analysis"のように「level」と表現して分析を深めている傾向がありました。
「分析の深さ=ロジック」というわけではないですが、分析の深さとロジックの相関関係は強いと思います。というのも、ロジックなしに分析を深めるとなると、限界がありますしイラスト、Case Studyですら背後のロジックに支えられているからです。
僕が伝えたいのは、ロジックだけを鍛えなくちゃいけない!というメッセージではありません。もちろんバランスはあるので。
ただ、ロジックを軽視するのはまずいですし、ディベーターもジャッジも重視しないといけないでしょうし、たぶん今後も磨いていかないといけないところなんだろうなぁというところです。
2014年1月29日水曜日
Triple A (2) 発展
この記事は、Triple A (1) 基本 の続編にあたります。
Triple Aという型を前回説明しました。これに関していくつか論点を話しておきたいと思います。
Abstractionについて
前回話したとおり、Abstractionは「抽象論」とはいえ、具体性がかなり必要です。
そして、「論」である必要があるため、単純に「こうだよねー」だけではなくて、その基準を正当化することが必要でしょう。
よく、fairness is important!とかで終わるのですが、「どういうfairnessを守っていて」「そのfairnessがなぜ大事なのか」という話が合理的には説明される必要性があるでしょう。
(どこまで説明するかは、一般的にジャッジが分かる程度、というあいまいな表現になってしまうのですが。)
そして、ここは当たり前ですが、Abstractionは相手との関係性で規定されます。
non-contentiousなprincipleってまじ意味ないと思うんですよね、個人的に。一瞬でoppにI agreeと言われてしまうので。このあたりは、Principleというより、Stance/Caseの話になってしまうので省略しますが、要はStanceがAbstractionと整合性がないとだめだよねという話です。
Analogyについて
Analogyに関しては、近いAnalogyであればあるほど良いと思います。
例えば、tobaccoのbodily autonomyの時に、alcoholという例のほうが、junk foodより近くて感覚的に受け入れやすいでしょう。
一時期はやったcoal minerは、やっぱり遠いような気もしますしね。
また、ここではAbstractionとの関連性において「線引き」の議論になることもあるでしょう。例えばcocaineとかと何が違うの、とか。上の「相手との関係性で規定される」ってところを踏まえると、Govは、alcoholとの違いに言及するなど、柔軟な対応が求められるでしょう。
Applicabilityについて
Applicabilityは、「なぜ今回あてはまるのか」という話なので、特にこれ以上はありません。
Practicalの話とほぼつながると思うので、変にPrinciple/Practicalと分けずに考えるほうが合理的であることもあるということにとどめておきます。
最後に、2点ほど補足してTriple Aの記事を終わりにしたいと思います。
(1) なぜこの型に至ったのか?
これは、僕がKoc WUDCに行った時の感想でした。WUDCでブレイクラウンドをみていると、どんな人もExampleをPrincipleにつけていて、すごく説得的だなと思ったからです。
抽象的なPrincipleを具体化していく工程こそが、Analogy/Applicabilityだったと思い、今後日本のディベーターが海外で活躍するにはこれなんじゃないかなあと思いました。
あと、もう一つ付け加えておくと海外だとExampleを「分かって」くれる人が多いというのもありました。つまり丁寧な説明をしなくても「あそこのあれ」というだけで「あーあれね」という共通言語があるというところです。これはWUDCでAverage Intelligent Voter, Informed Global Citizenというような言い方をされるようなところからも、ジャッジの知的水準は比較的高めに設定されているのでしょう。
(2) この型の問題点とは?
これは別にこの型だけに関わる話ではないのですが、型があると「その型に当てはまってないから・・・」というジャッジング/スピーチ構成につながっていく悪循環があると思っています。
分かりやすいのはSQ/AP/Impactの型で、「SQがなくて・・・」とか「Impactが分からなくて・・・」というのは確かに説得力を欠く要因になることもあるとは思いますが、必ずしもマストではありません。
あくまで目的はジャッジを説得することで、そのプロセスにTriple Aなり、SQAPImpactがなくても、分かればいいですし、分からなければ問題というところに落ちるしょう。
Triple Aという型を前回説明しました。これに関していくつか論点を話しておきたいと思います。
Abstractionについて
前回話したとおり、Abstractionは「抽象論」とはいえ、具体性がかなり必要です。
そして、「論」である必要があるため、単純に「こうだよねー」だけではなくて、その基準を正当化することが必要でしょう。
よく、fairness is important!とかで終わるのですが、「どういうfairnessを守っていて」「そのfairnessがなぜ大事なのか」という話が合理的には説明される必要性があるでしょう。
(どこまで説明するかは、一般的にジャッジが分かる程度、というあいまいな表現になってしまうのですが。)
そして、ここは当たり前ですが、Abstractionは相手との関係性で規定されます。
non-contentiousなprincipleってまじ意味ないと思うんですよね、個人的に。一瞬でoppにI agreeと言われてしまうので。このあたりは、Principleというより、Stance/Caseの話になってしまうので省略しますが、要はStanceがAbstractionと整合性がないとだめだよねという話です。
Analogyについて
Analogyに関しては、近いAnalogyであればあるほど良いと思います。
例えば、tobaccoのbodily autonomyの時に、alcoholという例のほうが、junk foodより近くて感覚的に受け入れやすいでしょう。
一時期はやったcoal minerは、やっぱり遠いような気もしますしね。
また、ここではAbstractionとの関連性において「線引き」の議論になることもあるでしょう。例えばcocaineとかと何が違うの、とか。上の「相手との関係性で規定される」ってところを踏まえると、Govは、alcoholとの違いに言及するなど、柔軟な対応が求められるでしょう。
Applicabilityについて
Applicabilityは、「なぜ今回あてはまるのか」という話なので、特にこれ以上はありません。
Practicalの話とほぼつながると思うので、変にPrinciple/Practicalと分けずに考えるほうが合理的であることもあるということにとどめておきます。
最後に、2点ほど補足してTriple Aの記事を終わりにしたいと思います。
(1) なぜこの型に至ったのか?
これは、僕がKoc WUDCに行った時の感想でした。WUDCでブレイクラウンドをみていると、どんな人もExampleをPrincipleにつけていて、すごく説得的だなと思ったからです。
抽象的なPrincipleを具体化していく工程こそが、Analogy/Applicabilityだったと思い、今後日本のディベーターが海外で活躍するにはこれなんじゃないかなあと思いました。
あと、もう一つ付け加えておくと海外だとExampleを「分かって」くれる人が多いというのもありました。つまり丁寧な説明をしなくても「あそこのあれ」というだけで「あーあれね」という共通言語があるというところです。これはWUDCでAverage Intelligent Voter, Informed Global Citizenというような言い方をされるようなところからも、ジャッジの知的水準は比較的高めに設定されているのでしょう。
(2) この型の問題点とは?
これは別にこの型だけに関わる話ではないのですが、型があると「その型に当てはまってないから・・・」というジャッジング/スピーチ構成につながっていく悪循環があると思っています。
分かりやすいのはSQ/AP/Impactの型で、「SQがなくて・・・」とか「Impactが分からなくて・・・」というのは確かに説得力を欠く要因になることもあるとは思いますが、必ずしもマストではありません。
あくまで目的はジャッジを説得することで、そのプロセスにTriple Aなり、SQAPImpactがなくても、分かればいいですし、分からなければ問題というところに落ちるしょう。
2014年1月26日日曜日
Triple A (1) 基本
Triple Aについて、今更ながら解説しておこうと思います。
基本的に、1年生に最初に教える時としてのTriple Aの話です。
今度、Triple Aの「発展」という続編も書こうと思います。
Triple Aとは
Abstraction 抽象論 (どういう価値を守ろうとしていて、それがなぜ大事か)
Analogy 類似例 (似たような例は何か?)
Applicability 適応性 (なぜ今回にも当てはまるのか?)
の3つのAではじまるものの頭文字をとった、プリンシプルの型です。
例えばですが、ban tobaccoのoppで"free choice"のプリンシプルを立てる時はどのように考えるのか説明しようと思います。
Abstraction
まず、抽象論でそもそもなぜ「そもそも自由が認められるのか」という話をすると思います。
ここで大事なのは"Abstraction"とは言え、抽象的すぎたらだめということです。
この場合、具体的に守るのは「身体の自由権」(bodily autonomy)であるはずです。
特に、「自分の体を傷つけてまでも幸せを追求する権利」と言えると思います。
なぜ、そのような権利があるのでしょうか?
それは、「自分の体は自分がownしているから」という話であったり、「自分の幸せは自分のことが一番分かっているから」という話になるでしょう。
Analogy
そして、その抽象論を支える上で類似例が大事になってきます。
特にPrincipleって自由権ならまだしも、"importance of preservation of culture"だとか"representation as a part of democracy"等抽象的な話になりやすいため、それをぐっと分かりやすくするための機能を果たします。
例えば今回の場合は、他に自分の体を傷つけている自由っていうのはどういうのが認められているのでしょうか?
consumption of junk food, drinking alcohol等が例として思いつくのではないでしょうか。
このような例も、「自分の体を傷つけていても幸せを追求している例である」と説明することになります。
Applicability
そして、最後になぜ今回のモーションにも当てはまるのか、という話になります。
つまり、
・飲酒と喫煙はなぜ同じようなものなのでしょうか?
・そして今回はどういった幸せを守ろうとしているのでしょうか?
前者に関しては、Analogyのところでも多少説明しているでしょう。成年になれば、ストレスの発散などにおける幸福追求という形になるかと。
後者に関しては、タバコのユニークネスのイラストになるかと思います。
例えば、さっと吸えるという話だとか、タバコの煙が体の中を通っていくだとか、そういった話になるかもしれません。
これが、Triple Aの基本になるかと思います。
いくつか、留意点だけ述べていくと
・必ずしもAnalogyはなくても大丈夫です。場合によってはない場合もあるので。新しいPrincipleをつくるのであればなおさらです。
・繰り返しになりますが、具体的に話しましょう。"free choice"とかって何でもあてはまりますし。
・Abstraction, Analogy, Applicabilityは必ずしもこの順番で説明する必要はありません。AREAと異なり、しっかりと3つの間の峻別はつけにくいと思いますし。この要素があると説得的になるのでは?という考えに基づいてつくられています。
いかがでしたでしょうか?今ではきっと他の色々な解釈もあると思いますが、Triple Aの基本はこのようなところになるかと思います。
追記:1/29に続編をUPしました。 Triple A (2) 発展
追記:1/29に続編をUPしました。 Triple A (2) 発展
2014年1月24日金曜日
個性的なスピーチがしたい!というあなたへ
トップディベーター層だと、それぞれスピーチの個性があるように思えます。
(ここから自己満タイムになってしまうのですがご了承ください)
例えば、Sheng Wuは、スピーチにメリハリがある感じですね。本当に感情がのっているという印象。
Will Jonesは、マクロとミクロ、ロジックと感情のバランスが絶妙。
Chris Crokeは、あの洗練された細かさ。
まあ、挙げていればいくらでもありますね。
最近僕がよくみるのは、その時に流行っているディベーターの真似をするディベーターが多いなという印象です。
しかも、全体的にぱくってるんですよね。笑
いやはや、という感じなのですが。
まあ、もちろん僕も結構色々な人をぱくりながらスピーチを作っているので決して悪いことではないと思います。
しかし、重要なのは
【あなたの強みは何なのか?】
そして、それをベースに
【あなたはどういうスピーチを目指していくべきなのか?】
という思考だと思います。
例えば、雑ですが細かくない人がいきなり細かさをすごく目指しに行こうというのはなかなか難しかったりします。
イラストが得意じゃない人がイラスト中心のスピーカーを真似しまくっても非効率的でしょう。
みんながみんなWill Jonesになれるわけじゃないんです。それは彼の性格や過去に積み上げたものが、あなたとは違うからです。僕は例えばVictorみたいなスピーチはもうとっくの昔に諦めました。だってあんな爽やかなスピーチできないですもん。
そして、上手い人と同じスピーチをやっても勝てないんですね。
そりゃそうです。コピーは本体を倒せないんですから。
なので、新しい価値を提供しないと、勝てないんです。
あなたは何かしらのディベートにおける強みがあるはずです。それはスピーチに直接的に出てこなくても、例えばアイディアがでやすいとか、反論が思いつくとか、何か必ずあるはずです。
そういう強みを考えた上で、それを生かすスピーチスタイルとは何か、というのを考えていくのがベストでしょう。
一応なのですが、これは「弱みを克服しなくてよい」というメッセージではありません。上手いディベーターは、なんでもできます。ロールも、ロジックとイラストのバランスも、マクロもミクロも。その中で、どこを強みとするかだと思います。
でも、自分は最初強みなんかない・・・!っていう人も多いと思います。
そういうときは、「守破離」という考え方を参考にして欲しいと思います。
「守破離」という考え方は、歌舞伎とか茶道の考え方なのですが、「まずは型を守って、自分なりに破って、そして離れていく」というものです。
最初はAREAでも、上手い人のスピーチでもなんでもいいんですが、型を守ってみてください。
そして、そのプロセスの中で自分の強みを見つけて、それを破って、
自分なりの新しい「型」をつくっていくという意識を持ってください。
僕のメッセージとはいうと、とりあえずまねするのはやめましょう。
ただ、一回「守る」意味でまねするのは良いと思います。
ですが、究極的な目的は、「あなたの強みを生かしたスピーチをつくること」です。
「守破離」、ちょっとやってみませんか?
(ここから自己満タイムになってしまうのですがご了承ください)
例えば、Sheng Wuは、スピーチにメリハリがある感じですね。本当に感情がのっているという印象。
Will Jonesは、マクロとミクロ、ロジックと感情のバランスが絶妙。
Chris Crokeは、あの洗練された細かさ。
まあ、挙げていればいくらでもありますね。
最近僕がよくみるのは、その時に流行っているディベーターの真似をするディベーターが多いなという印象です。
しかも、全体的にぱくってるんですよね。笑
いやはや、という感じなのですが。
まあ、もちろん僕も結構色々な人をぱくりながらスピーチを作っているので決して悪いことではないと思います。
しかし、重要なのは
【あなたの強みは何なのか?】
そして、それをベースに
【あなたはどういうスピーチを目指していくべきなのか?】
という思考だと思います。
例えば、雑ですが細かくない人がいきなり細かさをすごく目指しに行こうというのはなかなか難しかったりします。
イラストが得意じゃない人がイラスト中心のスピーカーを真似しまくっても非効率的でしょう。
みんながみんなWill Jonesになれるわけじゃないんです。それは彼の性格や過去に積み上げたものが、あなたとは違うからです。僕は例えばVictorみたいなスピーチはもうとっくの昔に諦めました。だってあんな爽やかなスピーチできないですもん。
そして、上手い人と同じスピーチをやっても勝てないんですね。
そりゃそうです。コピーは本体を倒せないんですから。
なので、新しい価値を提供しないと、勝てないんです。
あなたは何かしらのディベートにおける強みがあるはずです。それはスピーチに直接的に出てこなくても、例えばアイディアがでやすいとか、反論が思いつくとか、何か必ずあるはずです。
そういう強みを考えた上で、それを生かすスピーチスタイルとは何か、というのを考えていくのがベストでしょう。
一応なのですが、これは「弱みを克服しなくてよい」というメッセージではありません。上手いディベーターは、なんでもできます。ロールも、ロジックとイラストのバランスも、マクロもミクロも。その中で、どこを強みとするかだと思います。
でも、自分は最初強みなんかない・・・!っていう人も多いと思います。
そういうときは、「守破離」という考え方を参考にして欲しいと思います。
「守破離」という考え方は、歌舞伎とか茶道の考え方なのですが、「まずは型を守って、自分なりに破って、そして離れていく」というものです。
最初はAREAでも、上手い人のスピーチでもなんでもいいんですが、型を守ってみてください。
そして、そのプロセスの中で自分の強みを見つけて、それを破って、
自分なりの新しい「型」をつくっていくという意識を持ってください。
僕のメッセージとはいうと、とりあえずまねするのはやめましょう。
ただ、一回「守る」意味でまねするのは良いと思います。
ですが、究極的な目的は、「あなたの強みを生かしたスピーチをつくること」です。
「守破離」、ちょっとやってみませんか?
2014年1月15日水曜日
失敗した後に立ち上がること
"Our greatest glory is not in never failing, but in rising up every time we fail." -Ralph Waldo Emerson
偉大な栄光とは失敗しないことではない。失敗するたびに立ち上がることにある。
いい言葉ですね。ディベートにかなり通じるところがあると思います。
ディベートは特に最初の伸びが実感できる競技なので(AREA, Triple A等)最初は成功しやすいです。ですが、その後に待っているのは失敗であることが多いでしょう。
評価されない。
勝てない。
上手くなっている実感がない。
何をやっても空回りする。
そういう時期ってありますよね。特に、1年生だと一回この時期あたりで悩むと思います。
気持ちは痛いほど分かります。ディベートをずっとやり続けようと思っていた人なんてほんの一握りだと思います。僕も、今まで2回ほどディベートをやめることを真剣に考えたことがあります。あの有名なローガンですらディベートをやめることを真剣に考えたらしいです。個人的には信じられませんでしたが、本当らしいです。
でも、もう少し頑張ってみると、ディベートの楽しさがみえてくることも多々あります。
ディベートの成長は急に来ます。ちょっとしたきっかけで一気に世界が開けてきます。
個人的には、人にもよるので全員に共通するアドバイスはできないのですが、「必ず成長する時はくるということを信じること」、それから「普段と違った工夫をしてみる」ことが大事だと思っています。
まず前者の「必ず成長する時はくる」というのは、経験則に人の成長スピードは違いますが、必ず見えないところで伸びているということです。実は、見えていないところで成長していたりします。他の人からみてみると伸びていたりもします。
久しぶりにみてもらったジャッジの方に「上手くなったね」と言われると嬉しいですよね。実は毎日0.1cmずつ成長していても分かりませんよね?それは、積み重なって10cm位伸びると、周りからわかってきてくれます。
きちんとした努力をしたら下手になることはありません。「目に見える成長」と「目に見えない成長」があるだけです。
後者の「普段と違った工夫をしてみる」というのは、特定の練習方法や姿勢だと実は効率的でないことがあるからです。
例えば、僕は2年の時に先輩の田中さんに「ジャッジをしろ」と言われました。最初は正直ラウンドをやりたい時期でしたししぶしぶやっていたのですが、そこで見えてきたのはラウンドを客観的にみる力だったり、自分のスピーチを相対化する機会だったと思います。最近は若い頃からジャッジをする機会が増えているのが、ディベート界全体のレベルの底上げにつながっているのかもしれません。(ちなみに余談ですが、初代銀杏杯のジャッジの主体が2年生なのはこういった意図もあったりします。)
最後に、もうひとつ最近ツイッターで流れてきた画像を紹介したいと思います。
「諦めるというのはこういうことだ」ということらしいです。
ディベートはつらいことがたくさんある競技だと思います。負けたらつらいし、それが如実にでるわけです。すぐ結果がでづらい、すなわち「目に見える成長」が少ない競技でもあると思います。でも、そこで立ち上がると、別の世界が見えてくるはずです。もしよければ、もうちょっとだけ、頑張ってみてください。

偉大な栄光とは失敗しないことではない。失敗するたびに立ち上がることにある。
いい言葉ですね。ディベートにかなり通じるところがあると思います。
ディベートは特に最初の伸びが実感できる競技なので(AREA, Triple A等)最初は成功しやすいです。ですが、その後に待っているのは失敗であることが多いでしょう。
評価されない。
勝てない。
上手くなっている実感がない。
何をやっても空回りする。
そういう時期ってありますよね。特に、1年生だと一回この時期あたりで悩むと思います。
気持ちは痛いほど分かります。ディベートをずっとやり続けようと思っていた人なんてほんの一握りだと思います。僕も、今まで2回ほどディベートをやめることを真剣に考えたことがあります。あの有名なローガンですらディベートをやめることを真剣に考えたらしいです。個人的には信じられませんでしたが、本当らしいです。
でも、もう少し頑張ってみると、ディベートの楽しさがみえてくることも多々あります。
ディベートの成長は急に来ます。ちょっとしたきっかけで一気に世界が開けてきます。
個人的には、人にもよるので全員に共通するアドバイスはできないのですが、「必ず成長する時はくるということを信じること」、それから「普段と違った工夫をしてみる」ことが大事だと思っています。
まず前者の「必ず成長する時はくる」というのは、経験則に人の成長スピードは違いますが、必ず見えないところで伸びているということです。実は、見えていないところで成長していたりします。他の人からみてみると伸びていたりもします。
久しぶりにみてもらったジャッジの方に「上手くなったね」と言われると嬉しいですよね。実は毎日0.1cmずつ成長していても分かりませんよね?それは、積み重なって10cm位伸びると、周りからわかってきてくれます。
きちんとした努力をしたら下手になることはありません。「目に見える成長」と「目に見えない成長」があるだけです。
後者の「普段と違った工夫をしてみる」というのは、特定の練習方法や姿勢だと実は効率的でないことがあるからです。
例えば、僕は2年の時に先輩の田中さんに「ジャッジをしろ」と言われました。最初は正直ラウンドをやりたい時期でしたししぶしぶやっていたのですが、そこで見えてきたのはラウンドを客観的にみる力だったり、自分のスピーチを相対化する機会だったと思います。最近は若い頃からジャッジをする機会が増えているのが、ディベート界全体のレベルの底上げにつながっているのかもしれません。(ちなみに余談ですが、初代銀杏杯のジャッジの主体が2年生なのはこういった意図もあったりします。)
最後に、もうひとつ最近ツイッターで流れてきた画像を紹介したいと思います。
「諦めるというのはこういうことだ」ということらしいです。
ディベートはつらいことがたくさんある競技だと思います。負けたらつらいし、それが如実にでるわけです。すぐ結果がでづらい、すなわち「目に見える成長」が少ない競技でもあると思います。でも、そこで立ち上がると、別の世界が見えてくるはずです。もしよければ、もうちょっとだけ、頑張ってみてください。
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